令和元年の記録的な台風19号。
台風の上陸前から大雨による水害が発生しました。
そんな台風による水害を抑えたと言われている「八ッ場ダム(やんばだむ)」。
実はダムの完成予定は2020年。
台風発生時にはまだ試験運転中で10月から「3か月から4か月」かけて水をためる予定でした。
それが一晩で満水。
八ッ場ダムの貯水量は「1億750万立方メートル」。
なんと、東京ドーム約87個分(+o+)
反対運動で建設に遅れが出ていましたが、試験運転を待たずに実戦投入となりました。
そんな「八ッ場ダム」。
何故建設することになったのでしょうか?
それは過去にカスリーン台風によってもたらされた恐ろしい災害が原因でした。
八ツ場ダム建設のきっかけカスリーン台風
カスリーン台風とは?
カスリーンなんてかわいらしい女性の名前ですが、関東にもたらした災害は最悪規模。
1947年に発生したカスリーン台風。
利根川の堤防が決壊し、1000人以上の死者を出した。
台風なので、雨風の影響かと思われますが実は「上陸していない」のです。
強風自体は「風速20メートル」程度。
弱い台風です。
しかし、最悪だったのが停滞していた前線がもたらした「豪雨」。
総雨量は秩父で600ミリ、現在でも記録的に「1位」の雨量です。
この豪雨の影響で多くの河川が氾濫
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利根川堤防が決壊
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大規模な水害
この流れで被害が発生しました。
被害状況
決壊した場所は埼玉の大利根町(過去の埼玉郡東村)。
一度は埼玉と東京の境目「桜堤」で水がとまり、大きな沼になる。
この「桜堤」で水が止まっている間に「横道」を作って水を「江戸川」に流そうとするが間に合わず。
「桜堤」も決壊し、大量の濁流が「葛飾区」と「江戸川区」に直撃。
大量の被災者を出し、葛飾区では100%の住民が、江戸川区で67%、足立区で11%が被災した。
不幸中の幸いで、洪水までの時間稼ぎが出来ていたので死者は多くなかった。
しかし、被災者の数が圧倒的に多かった。
実際に死者・行方不明者が多く出たのが群馬県の708名。
ほとんどが土砂災害。
埼玉の秩父地方で509名、栃木で437名の被害が発生しています。
床上・床下浸水は30万戸を超え、家屋の流出・倒壊は1万3000戸。
まとめ
今回は八ッ場ダムが建設されるきっかけになったカスリーン台風についてご紹介しました。
ダム建設によって自然が破壊され、反対意見もあります。
しかし、異常気象が増え予測できない豪雨に今後も向き合っていく必要がありますね。
ありがとうございました。